ことりの証人のブログ

ママ、長女 うさこ(社交不安症)、長男(自閉症)、次女 ことり

辻井伸行さんから学んだこと

「○○ちゃん凄いですね!どうすればあんな風に弾けるんですか」とよく聞かれる

「ピアノ弾くのあきて、限界がきたら、1曲につきじゃがりこを1本あげるんです。じゃがりこの数だけ上手くなるんです

じゃがりこに飽きたらピアノ弾かなくなっちゃうんですよ

スーパーでじゃがりこ68円の日は30個買います

うちの子のピアノコンクールははじゃがりこにかかっています

だからじゃがりこに頑張ってもらわないと」

「???」

そのママさんには意味がわからなかったようだ

正直いって

ピアノコンクールで入賞としようと狙って練習した事はないし

上手にさせようと思ったことは一度もない

いかに楽しくピアノを練習する方法の探求と追求だった

 

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長女が生まれて間もないころ

当時15歳の辻井伸行さんが奇跡のピアニストとしてよくニュース番組で特集が組まれていました

至福

ピアノを弾く彼の姿はまさに「至福」そのもの

どのように指導すれば、こんな「至福」でピアノを奏でることができるのかと考えた

辻井さんに関していうなら

辻井さんがピアノの天才なら

辻井母が子供のモチベーションをあげる天才なんです

モチベーション

ピアニストはピアニストになるのではなく、ピアニストとして生まれくるという

誰でも努力すれば辻井さんみたいに弾けるとは思わない

でも、辻井さんみたいに「至福」で弾くことなら自分の子供でもできると考えました

辻井さんのようにいかに「至福」の状態で弾かせるかを追求しました

debut 10 years

debut 10 years

 

長女に脳トレのためにピアノを習わせることは予定はしていた

ユダヤ人の教育

私はユダヤ人の教育に惹かれた。自分が前世はユダヤ人なのかと思う程だ。ユダヤ人が教育のためトーラを暗唱する

暗唱

幼児の時に漢文でもなんでもいい、何かを暗唱させるだけで、幼児の脳は発達する。漢文より音楽を暗譜させようと考えた

更に楽器演奏で新しい曲を弾く時、人間の脳はもの凄い活動をする。新しい曲を弾けば弾くほど脳が発達する

ピアノを習わせたのはそれが理由

いかに新しい曲を弾かせ、暗譜させる。漢文や聖書丸暗記でもいいが私はピアノ曲暗譜にした

癒し

私の両親は精神が未熟な人間で、誰かをスケープゴートにして貶めなくてはアイデンティティを保てない人だ。このような両親の元に生まれた子供は親のスケープゴートにされる

大体スケープゴートにされる子供は末っ子になる。にんじんみたいな家だった

だから私は家族のスケープゴートにされた。家族に常に暴言を吐かれた

この家族は幼稚で無責任で、おつむも足りないようだから、他人に吐いた自分の暴言さえ覚えていない

自分が同じ言葉を言われたら

泣いたり

怒ったりする言葉を

平気で人に言う

反論すると

「本当の事を言って何が悪い」

「何でも人のせいにする」

と言われ暴言は更に酷くなるので

ただ我慢して言われたことを聞き流すしかなかった

そのせいかな

人の話しを聴くのが極めて難しくなった

暴言を発した方は覚えていないが言われた方は

今でも頭に家族の暴言のフラッシュバックに苦しめられる

私の両親は暴言だけしかくれなかった「綺麗なもの」を一つもくれなかったけれど

私は自分の子供に「綺麗なもの、美しいもの」を私が全く与えられなかった分たくさんあげたい

自分の子供たちの頭に「綺麗な美しい音楽や絵や景色」で頭をいっぱいにしたい

美しいものを美しいと感じる心、美しいと感じたことを自己表現すること

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達成感

家族のスケープゴートの役割を押し付けられた「にんじん」の主人公は子供でありながら自殺さえ考えた

スケープゴートにされた子供は精神を病み、うつ病を発症しやすい

私もうつ病になった。長いこと苦しんでいる

うつ病の治療の一つに音楽療法があります

美しい音楽は人を癒す効果があります

患者に良質のクラッシックを聴かせたり

楽器演奏を習わせたりします

聴くだけよりは、自分自身で習うほうがより効果はあります 

楽器は簡単な曲から始めて、段階的に曲が難しくなります。自分自身成長と達成感を感じます

達成感は、勉強でも、スポーツでも得られますが

楽器演奏には、達成感と癒し両方得る

最強の人間の癒しなのです

親として最大のNGは

子供を精神的病んだ状態に追いつめないこと

自分がうつ病にさせられましたから、自分の子供もうつ病になりやすいと思いました

ですからうつ病予防のために習わせたのです

音楽こそが人間の最大の癒しであり、至福です

レッテル効果

長女がピアノを始めるといった時には

「鬼母子は天才だ

ピアノコンクールで入賞したことがあるんだ(日本で一番マイルドなコンクール予選落ち、絶対音感もないのに天才でもなんでもない)

子供の時からピアノの弾き方が違う

お前は才能がないヘタだ」

「こいつはダメなんだ」

この台詞は200回以上言われた

耳にタコができるほど

親戚中に目の前で何度も言いふらされ恥をかかされたことは数えきれない

「お前はピアノの才能がないから

だからお前の子はお前と同様に弾けない」

「鬼母子は才能がある。鬼母子の子供ならピアノが弾ける(実際は私より弾けない)」

こんな無神経な台詞を私どころか無限の可能性を秘めた長女の目の前で言うわけですよ何度も何度も

「レッテル効果」人間は言われた通りの行動をしてしまう。むしろ幼児ほど効果はある

もし「母親が弾けないからこの子も弾けないに決まってる」というレッテルをあれだけ貼られてもあんなに弾けるなら、もし負のレッテルを貼られなければ長女が辻井伸行級になった可能性もあったかもしれないじゃないですか

こんな人を絶えず貶める家族の中にいたので

私自身も自信なくして「そうなんだな」と本当にそう思ってしまったし

自信がないんですよ

常に家族に貶められて生きてきたから

先生たちから「おたくのお子さんは天才です」と絶賛されても社交辞令としか思わなかった

こんな散々全人格否定されて、自分の子供の将来さえもすべて否定されて

自分の子がコンクールに出場させようとか入賞するなんて考えたことは一度ありませんでた

長女が小学2年辺りまで、私があまりやる気なかったから、N先生は半ギレしていた

N先生から見れば、「のだめ」みたいな子は、放置できない。育てあげて完成させたいと思うだろう

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新しい曲を弾くのは人間の脳に、良い刺激でもあるが同時に精神的に負担である

子供のほとんどは、新しい曲を弾くのが辛いからピアノを辞める。長女も嫌がる。所詮は4歳児だ

そこで長女の大好きなじゃがりこを取り出し

「新しい曲弾いたら。一本あげる」

「弾く!」

じゃがりこ1本につき、新しい曲を1曲弾く。当時、長女は一度弾けば、ほぼ覚えて、次はアレンジして弾いてしまうのだ

つまり最初の1曲だけ弾かせればいいのだ。それをじゃがりこ報酬で繰り返した。4カ月目はどんな譜面も見た瞬間高速奏法で弾き、一度弾けば見ないで弾ける(のだめ状態だけど)

先生は

「この子は天才です!コンクールに出しましょう!」と勧められた

ピアノコンクールに出場する子はみんな天才です。今までの遊び弾きでは通用しません

子供のにとってピアノ練習は労役です。私は、週2回2時間、週1回1時間、強制交わり、奉仕活動など多くの時間を母の終わりが来る来る詐欺活動に付き合わされて更にピアノまで弾けと要求するんですよ。

「冗談じゃない!誰が弾くか!」としか思いませんでした

長女も、同じことを延々と繰り返さなくてはいけない練習は大嫌いだった。ましてや一度弾いた曲を覚えてしまう子にとって、反復練習は虚無にしか感じない

4歳の子に長時間座り同じことを、延々と同じ曲を弾くという行動をさせるのは、不自然です。不自然な度を越したピアノ練習強制は虐待にもなりかねません

常に童心にかえり、子供の立場で考える

相手の目で見て相手の心で感じ共感する

自分が子供の頃、ピアノ嫌いな理由をまず考える 

共感

なぜピアノ弾くのが嫌いだったのか

  • 長時間座って弾くのはイヤ
  • 曲がつまんないから
  • ピアノ練習は損した気分になる
  • チェルニー100番   ああこれから100の曲を弾くのか    嫌だ

以上の負の感情を子供に持たせてはいけない

負の感情を持った子供はどんなに練習を積んでも成長しにくい

私は子供の時、ピアノの練習を損した気分の負の感情になった

ピアノだけでない。私の母は自分の楽しいことや価値観を否応なしに子供に押し付ける人だ

母には「私のため」という大義名分がある。がそれは母の自身の利益だ

親の価値観を押し付けられた子供は、自分の人生を生きている感じがなく、負の感情に支配される。やがて思考力が停止してやがて無気力に人間になる

子供の無気力

この状態は子供にとって最も最悪

子供の成長はそこで止まる

絶対に子供に親の価値観を押し付けてはいけない 

子供の意思、要求を親は汲み取り、子供のなりたい自分に成長するように助け、サポートする。それが子供を伸ばす親である

長女が私と同じようにピアノ練習の時間を損した気分に感じているのもわかっていました

子供に「損した」「親に利用されてる」と思わせてはいけない。全てのことは子供の利益にしなくてはいけない。親は損しても。仮に、親は自分の全てを失っても、全ては子供の利益にしなくはいけない

ピアノの上達の秘訣は、数、幼児のうちにいかに多く数をこなすか、ただそれだけ

しかし、負の感情に支配されたら子供はどんなに数をこなしても上達はしない

子供は自分の上達を感じなければモチベーションが下がりやる気をさらになくす

やる気がなければピアノが嫌いになる

最後はピアノを見ただけで気分が悪くなる

ピアノを弾く時の子供の脳を「楽しい」「ワクワク」の感情を人工的にでも(できたら自然に)作り出した状態で練習させる。それが重要

ピアノを弾くことを子供のお仕事、義務にする

お菓子、漫画、アニメDVDを報酬をあげました

Q.なぜ大人はお仕事するの?

A.    お給料貰えるから

Q.    あなたはお給料無しでお仕事できますか

A.大人は報酬無しでお仕事はしない。子供なら尚更だ

幼児にとってピアノを弾くのは大きな苦役です。ですから即効性の「報酬」は必要です

ご褒美の力

人間はご褒美が得られそうだと脳が期待するときに自己報酬神経群が働きモチベーションが上がる

子供の脳にドーパミン(やる気)を放出する

頑張ったことに対して、直ちに貰える目に見える報酬こそが子供の達成感になる。子供の頭に上手くドーパミンが循環すれば成長の無限ループにつながる

幼稚園までお菓子

モチベーションあげるには、目の前に人参ぶら下げてる作戦が手っ取り早い。破竹の勢いで上達する

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だがコンクールに出る子たちはみなうまい

流石にじゃがりこモチベーションは無理がある。最初のコンクールの恥は二度としまい。いかなる手段を使っても弾かせなくてはいけない。さもなくばまた恥かき要員になる

人参作戦は上達するスピードは早いのですが、普通に「趣味はピアノです」的な世界にいるならこれで充分だがコンクールでは通用しない

第一、物理的な報酬を常に与え続けなくてはいけない。物理的報酬はなんでもいいわけではない

本人が「クソレッスンしてもいい」(ガキとってはピアノの練習はクソ)と思わせるくらいの物理的報酬がなければ、そこで終わる

最終的には

「ピアノ好きだから弾く」いうモチベーションがなければ上手くいかない

コンクールは別格でした

辻井さんみたいに、自分の意思でピアノを弾くことを心から愛さなければ感情が伴わない。何を弾いても無機質な一本調子気味になる

辻井少年  ピアノ好きだから弾く

うちの子  お菓子、漫画、ゲームのために弾く

ピアノコンクールに出場する子供たちは精神が早熟だ。頭の中が大人である

15歳の辻井少年もテレビインタビューでは15歳とは思えぬ大人びた受け答えが印象的でした

12歳でデビューした牛田さんも見た目は子供だが

「テレビはほとんど見たことはない」

「AKBを何かの会社」と思っていた牛田さん

ドラえもんと映画ピアノの森」くらいしかアニメは見たことがない

「好きな作家は重松清さん」渋い!本当に12歳?頭の中は50年くらいは生きてそうな感じだ

中学生になったばかりの子供が重松清の作品を「面白い」と感じる

子供にとって「面白い」とは「ギャグ」である。歳を重ねて「面白い」とは「ギャグ」だけでなく、様々な「面白さ」があると理解できる

長女が様々な「面白さ」を理解できたのは、高校生に入学してからである

「面白い」一つをとっても

様々な「面白さ」を知っている子供と

「面白い」とは「ギャグ」だけであると考える子供

どちらが豊かな表現ができるだろか?

答えは言うまでもない

ピアノコンクールの子供たちは総じて大人びて、賢く、精神の成熟度が早い

彼らは見た目は子供中身は大人なのだ

場面緘黙症の子供は、発達障害の傾向も強くとりわけ精神が幼稚である

なぜなら、人間は様々なコミュニケーションを通して成長する。なるたけ数多くの人とコミュニケーションを取れば取るほど精神が成長する

学校、幼稚園公共の場所で全くコミュニケーションができない場面緘黙症は精神がそのまま置いていかれる

更に場面緘黙症にとって最も辛いこと

大勢の前に出て自己表現する事

これは場面緘黙症にとって羞恥刑である

場面緘黙症は常に緊張して萎縮して生きている

人前に出てピアノ演奏は誰でも緊張するだろうが、緊張度も普通の人の感じる緊張度は2桁高い

表に出れば声さえはっすることさえできなくなる程「緊張」と他人から見られる「恐怖心」と戦わなくてはいけない

速い、速すぎる。呼吸、響き、余韻、全く無し、速すぎてもう何がなんだかわからない。音も小さい。常に萎縮して、緊張して弾いている

コンクール会場でうちの子だけ音が小さい。音響さんがうちの子だけ音さげちゃったの?というくらい小さい音。会場の中に埋もれて消えていく

コンテスタントの子は自分の心、想いを音楽に変換して聴衆に「私の音楽を聴いてください」とピアノに自分の想いを馳せて演奏する

家以外で言葉を発することができなくなるほど緊張に支配された長女は、審査員に「私のピアノを聴いてください」というそんな余裕はほとんどなかっただろう

先生の指導通り弾けば、確実に入賞できる

速く弾きすぎるのは、早く演奏が終わって欲しいから

小さすぎる音は、大きな音を出し、人から注目されるのが怖いから

場面緘黙症は無意識のうちに人から注目されることを回避している

人から注目される恐怖に耐えきれず、萎縮しながら弾いている

全く、先生の言う通りに弾いていないのだが

本人的には 

先生の言う通り弾いてると言いきる

先生は

「教室の練習どうりになぜ弾けないのか」と頭を抱える

場面緘黙症の脳を所有する長女は、性格的に大勢の前で自己表現をするコンクールはあまり向かないというか全く向かない

コンクールの先生のレッスンで「華麗なる大円舞曲」を弾いたら

「貧相なる小円舞曲」と言わる

少6の時、ピアノの先生に

「技術はトップレベルですが、一本調子気味です。あれでは審査員に何も伝わりません

他の生徒さんは、練習して、練習して、もうこれ以上弾けないくらい練習してきて「これ以上要求ができない」と思うの。うさこちゃんは限界まで弾いていない。やる気があるんだかないんだか・・・いいものを持っているからもったいないです」

緊張しすぎて自分の力を発揮できない。中学生になった長女は授業で伴奏任された時に先生、生徒たちの絶賛な声を受ける

最大のモチベーションとは

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周囲からの賞賛

これこそが最大のモチベーション

やっと物理的報酬なしで練習はできるようになりました

そうすると自分の意思で弾くわけだから、長女の思いが出て、初めて演奏に感情が放出される

長女の自己実現力は平均的な中学生のものでさえなかった

場面緘黙症は精神が置いていかれる

誰とも話せず、ぼっちの年中組から小6まで精神的成熟度はほとんど成長できていない

8年間も心が置き去りにされた

だから、中学生になって初めて放出された感情は稚拙な自己表現だった

そして速い、速すぎる演奏。本人が、がっちがっちに緊張しているためそれが伝わるから審査員も安心して聞き入ることはできないだろう。何も伝わらない。ただ指が速く廻るだけの演奏。速く弾きすぎでミスタッチを連発する。緊張する気持ちは今だにコントロールならず

自己表現

私はカルトの家に育ちカルトの人生を強要されました

カルトの世界は「来るべき楽園」が来るまで自分の好きなことをしてはいけません楽園が来るまで集会と奉仕だけを喜びにして

自分のしたい事は、楽園が来てからすれば良いというエホバの証人の人生を強制されました

服装も話し方、話す内容、思想も「エホバの証人」でいなくてはいけない。自己表現は全くしてはいけない。楽園来るまで

来ないのに

だから子供には自分の夢を持ち挑戦し続けてそして思う存分に自己表現できる機会を与えたい

そのためにコンペに参加しています

親の虚栄心や自尊心を満たすために子供のコンクール入賞を利用するなら、子供は親のズルさを見破るでしょう。反抗的になったり、無気力になります

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