緋色のことり

私は赤い獣にまたがっている一人の女を見た。この獣は全身至るところ神を冒涜する数々の名で覆われており、七つの頭と十本の角があったーヨハネ黙示録17章3節

古代、中世の日本の宗教、思想、文化

日本の思想を学ぼう

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日本は高温多湿で四季の変化がある(モンスーン気候)

稲作中心の国

自然の猛威と恩恵を受け、自然界のあらゆる現象を霊的存在を見いだした

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多神教(八百万の神による)を崇拝していた

アミニズム=(精霊信仰)ね」

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高天原(たかまがはら  天上界、森羅万象神々の世界)がある

専制的な唯一絶対全知全能の神(God)は存在せず

八百万の神(多神教  Deity)

太陽神 天照大神(あまてらすおおのかみ)

恵の神

災厄をもらたす祟り(たたり)の神もいる

シャーマニズム=呪術的儀礼のために

神楽、供物、祝詞などが形成されていった

大和朝廷では天照大神を祖先神として仰ぎ

各氏族の氏神を系統立てて神々を祭り、神々の意思に基づく政治を行った(祭政一致)

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日本は小さなムラあった。ムラをまとめるクニが現れました

邪馬台国

卑弥呼という女王が鬼道(まじない)によって人々を従えた(魏志倭人伝)

239年

外国の力を利用した卑弥呼

卑弥呼は魏に使者と貢物を献上し魏の王様に金印を貰う「卑弥呼こそが日本の王だ」て認めさせた。卑弥呼邪馬台国だけでなく他の国を従えた

クラスのみんなが学級委員の座を狙ってる争っている時に

抜け駆けして教育委員会に賄賂を送り、一気に校長先生になったようなもの」

「飛躍し過ぎ」

古墳時代

支配者は権力を象徴するため大きなお墓を作った

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古墳には埴輪、勾玉などが見つかっている

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ヤマト王権  

百済加羅とつながりを強化

鉄が導入され、農具が強化され農業が発達した

6世紀  仏教の伝来

病気を治し、輪廻転成を体系的に説いた仏教の教えは支配層に支持された

飛鳥時代

蘇我氏(仏教)と物部氏(日本神道)

聖徳太子(574〜622)が仏教の倫理を積極的に導入した 

仏教、儒教、法家の思想を取り入れた

冠位十二階

天皇に仕える頭に被る帽子の色をで身分を区別した

セレブ生まれならアホでも役人なれた時代に家柄に関係なく実力で評価される仕組みを導入

一七条憲法

豪族向けの政治的・道徳的訓戒

第一条  和をもって貴しとす

調和の精神的による徳知政治的

第二条  篤く三宝を敬え

三宝    仏(真理を悟った人)

           法(悟り・教えの内容)

           僧(教えを修行・実践する人)

第十条  とも凡夫になるのみ

賄賂禁止

税金を勝手に取るななど

欲望にとらわれた愚かな人が(凡夫)であって

自分も同じく絶対ではないと自覚する謙虚さが大切と説いている

世間虚仮(せけんこけ)

唯物是信(ゆいぶつぜしん)

意味  この世は空虚な狩のもの、ほとけだけが真実である

聖徳太子の死後  蘇我一族は聖徳太子息子一族を滅ぼし権力を持ち皇極天皇を操り政治を意のままに支配した

645  皇極天皇の息子中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足蘇我入鹿を暗殺。入鹿父蝦夷は自害  大化の改新

遣唐使により権力象徴が古墳→寺院

法隆寺

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最初の仏教文化飛鳥文化という

中大兄皇子は弟大海人皇子の妻額田王に恋して迫る自分に邪魔な者を排除してきた中大兄皇子。夫大海人皇子

を守るため額田王は泣く泣く中大兄皇子と再婚

中大兄皇子(天智天皇)の死後  息子大友皇子に対し大海人皇子は自分こそが天皇だと主張して

672 壬申の乱

勝利した大海人皇子天武天皇となる

701  大宝律令

天皇を頂点とした中央集権国家が整備された。そして日本は律令国となった

710  都を平城京(奈良市)に移転

710   奈良時代

  飢饉、伝染病の蔓延。人口も減っていった

天武天皇 と妻の光明皇后は政治の力や古くからの神への信仰だけでは災を防げないと考え、仏教の力で国を守ろうとした

都に東大寺と大仏の建立多額の支援をした

地方には国分尼寺を作った

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天平文化

仏教は国家宗教として保護 鎮護国家(ちんごこっか)

行基(ぎょうき  668〜749)道路、橋、貧民の住居建設を行いながら仏教の民間布教した

全国に寺院が作られ仏教が国中に広まった

文字の発展により

天皇の日本を治める正統性をを明らかにするため

天皇の由来を国の成立を説明する歴史書

古事記

日本書紀    が書き記された

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八百万の神

イザナギイザナミが結婚して8つの島々が産まれた

神と人に結んだ初代の神武天皇

天皇が日本を治める正統性を明らかするため

風土記   天皇が支配するために日本各地の情報、産物、地名の由来、伝承、集めたもの

万葉集  編集者  大伴家持

孝謙天皇は能力のある女性を用いて積極的に政治に参加させた元祖キャリアウーマン

淳仁天皇行を即位させ上皇として支配

43歳の時大病を患う。病気を看病してくれた道教を偉く気に入り政治に参加させた 

更に孝謙天皇称徳天皇として二度目の即位「神のお告げがあった」見え透いた嘘をついてと次の天皇道教に譲ろうとした

「洗脳ね」

和気広虫の弟 清麻呂が嘘を暴いたら何故か逆に称徳天皇は逆ギレ

清麻呂=穢麻呂

広虫=狭虫

というあだ名をつけ流罪とされた

サイコパスね」

寺院の勢力が強まり、政治と結びつくようになる。桓武天皇はそれを嫌い都を長岡京に移転、次に京都に移転し

794 平安時代

藤原氏が朝廷の官職を独占

娘を天皇の妃として、生まれた幼い子供を天皇とし摂政として代わり政治を代行した

監禁男 藤原道長

23歳  友達が役人採用試験に不合格ななった。藤原道長は友達のために人肌脱ぐ

試験管を自宅に監禁し「友達を合格されろ」と脅す。父親兼家にバレめちゃくちゃ怒られた

48歳  妻のお出掛け準備に時間がかかったという理由で貴族2人を監禁

52歳  自宅の庭に飾る大岩を運ぶため平安京の都を解体した

遣唐使として中国で仏教を学んだ僧侶たちは山岳の寺院を主要な修行の場とした

天台宗   最澄(767〜822)

中国から多くの教典を持ち帰り比叡山延暦寺を建てた

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一乗思想

一切衆生(いっさいしゅじょう)

悉有仏性(しつうぶっしょう)

生きとしいけるもの全ての人は等しく仏になる可能性をもっている

みなが平等に悟りに至る法華経の教え

空海(弘法大式  774〜835)

中国で密教を学ぶ

高野山金剛峯寺

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求道の心

慈悲を実践により社会を守る者が真の国宝である

宇宙の根底には大いなる仏(大日如来)のはたらきがある

修行により即身成仏を遂げられるとした

真言密教  

三密の教えの実践

  • 身=手指で仏の悟りを象徴する印を選ぶ
  • 口=真言の呪文を唱える
  • 意=曼荼羅などの図像の助けにより、心に大日如来を想起する

菅原道真(845〜903)

学問に秀でてその能力を天皇陛下からかわれ右大臣になるも藤原氏の策略により無実の罪をきせられ太宰府に追いやられた。彼の死後、天変地異が続いたため北野天満宮に祀らり学問の神にされた

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遣唐使は取りやめたことにより日本独自の文化が発展

寝殿造

国風文化

ひらがな、カタカナの普及により文学が発展

源氏物語  紫式部

枕草子      清少納言(毒舌エッセイスト)

紫式部は毒舌エッセイスト清少納言に夫の悪口を書かれ激怒。仕返しに清少納言を毒舌エッセイ返しをした

1052 釈迦の死から2000年後 仏教の力が衰える末法の時代が来るという思想

終末思想ね」

各地で反乱がおこる

予言の成就ね」

不安になった人々がすることは

「宗教ね」

不安になった人々は 阿弥陀仏にすがり死後 極楽浄土に生まれ変わると教える浄土信仰にハマった

熊野古道は巡礼ブーム

平安時代の一番のセレブ藤原道長親子まで浄土信仰にハマった

息子藤原頼通平等院鳳凰堂まで建てた入れ込みよう

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「十円ね

パパの作り上げた「道が長い」から息子は「よりみち」したのね」

陰陽道

天文観察、暦、占いなどにより、自然の変化を詳しく観察して吉凶を判断する陰陽道の技術が発達した

安倍晴明

花山天皇は頭痛に悩まされていた。晴明に相談すると

天皇の前世は修行中に死んだ僧。その修行僧の頭蓋骨に岩が挟まっている。その場所に本当に岩に挟まった頭蓋骨があり、頭蓋骨から岩を抜くと花山天皇の頭痛が治ったという

道長の娘の病気を治した

10世紀は貴族や寺社が多くの荘園をもちはじめた

上流貴族は東大寺などの大寺社に、表向きに荘園領主になってもらい、税を免除される特権を得た

「税金対策ね」

社会全体で土地が財産てして重視され年貢という税金が生まれた

土地の権利や境界などを巡って争いがしきりに起こり人々は武装して護衛した。僧兵、武士団が生まれた

「武士の時代ね」

平氏と源氏は武士の棟梁となった

平治の乱  

🥶源vs平😋

清盛は捕えた源氏軍の源頼朝(13歳)を処刑しようとした。しかし清盛ママが「まだ 子供なのよ」と処刑を反対し島流しにした

平清盛は娘を天皇と結婚させ、その子を天皇して武士として初めて政権の実権を握った

日宋貿易で潤った清盛は厳島神社を建設を援助した

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権力を持った清盛は後白河法皇を幽閉してしまう

このままでは済まされないわ。清盛の死後、後白河法皇の皇子が「打倒 平家」を呼びかた。平家は大人になった源頼朝率いる源氏軍

1185  壇ノ浦(山口県)で滅ぼされた

壇ノ浦で活躍した 源義経は朝廷から官位を受けた

頼朝はそれを裏切りとみなし義経を捕らえるために守護・地頭を配置

義経を匿ったという理由で奥州藤原氏を滅し

無害な弟 範頼まで殺害

1192  源頼朝 征夷大将軍任命

鎌倉幕府

頼朝の死後2人の息子頼家・実朝は不振の死を遂げる

頼朝の妻北条政子と父時政執権となり亡き息子たちの意思を継いで政治の実権を握る

「犯人わかっちゃいました」

1221  承久の乱  後鳥羽上皇は幕府に対し挙兵をあげる

政子は見事に軍の指揮をまとめあげ反乱を鎮圧。尼将軍と呼ばれた。その後は北条家が実権を握る。朝廷を監視するため

六波羅探題を設置

「乗っ取りね」

祇園精舎の鐘の声   

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

奢れる者もひさしからず

ただ春の夜の夢如し

猛きものも遂には滅びる

偏に風の前の塵に同じ

鎌倉時代の軍記物  平家物語(琵琶法師による)

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新古今和歌集  藤原定家

方丈記            鴨長明

鎌倉時代は武士の時代

武士の気質にあった力強い芸術や文化ぎ花開いた

東大寺南大門

金剛力士像  運慶

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鎌倉時代 飢饉、戦乱、災害が相次いだ人々は不安になった。世間が不安になると何がおきるか

新興宗教ブームね」

他力本願派

浄土宗  法然(1133〜1212)

仏教は難しいの

法然は庶民でも理解できるように「南無阿弥陀とひたすら念仏を唱える新興宗教をつくったの(専修念仏)

「他力本願ね」

弟子の親鸞 (1173〜1262)は、師匠  法然の  念仏を頑張る 教えを 他力が足りないと考えた

一切の自力を排除阿弥陀仏

の慈悲にすがる自然法(じねんほうに)

浄土真宗を開いた

煩悩、罪深さ、学問、修行を積んでも救われない

自分の愚かさと無力を自覚した者が、自力による計らいが全て消え去り、一切を仏に委ねる絶対他力の信仰が生まれる

ここでいう「悪人」善をおこなえす苦しむ人のこと。『悪人』こそが悟りの道に達するとしたのである

「他力本願ね」

「信仰により仏の悟りを得る。厭世的な考えではなく

死後の世界より現世の今を生き抜くことが重要と教えている」

日蓮宗

日蓮(1222〜82)

南無妙法蓮華経と題目を唱える(専修唱題)法華経こそが真の教えとした

念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊

意味   

浄土宗は無間地獄に落ちる

前半天魔の仕業

真言宗は国を滅し

律宗国賊

と他宗教を批判

日本人を全て日蓮宗にするため「このままでは国が滅ぶと」終末論で不安を煽り熱心な布教活動をする

そのため弾圧された

「日本の元祖カルト宗教ね」

座禅派(自力派)

臨済宗   栄西(1141〜1215)

栄西は宗に渡り仏教と茶を伝えた。茶は「薬」として持ち込まれた

曹洞宗   道元(1200〜53)

ひたすら座禅をする 只管打坐(しかんたざ)により

身心脱落(しんじんだつらく)して悟りを開く教えは合戦で戦う武士たちにブームになった

時宗  一編(いっぺん)踊り念仏により庶民に仏教を広げる

蒙古襲来

フラビイ=ハンが日本を支配しようと攻めてきた

1274 (文永の役)

1281 (弘安の役)

2回とも台風による暴風雨により元軍は壊滅

暴風雨は日本の神々が日本を守るために起こしたものと考えた

「神国思想ね」 

元との戦は防衛戦だったため恩賞の領地が与えられなかった。武士たちは困窮する。幕府は政令を出すが上手くいかない

広大な領土を持ち、官色と独占している北条氏に不満がたかまり悪党(幕府に従わない者たち)が登場

1333  後醍醐天皇は幕府に不満を持つ御家人

楠木正成

足利尊氏

新田義貞

など味方につけ鎌倉幕府を倒した

1344  建武の新政

天皇の権力を高めた後醍醐天皇。武士、貴族、農民からの不満が高まり

1338  足利尊氏は新しい天皇(北朝)を即位させ征夷大将軍となる

南北朝時代

守護は自分の領地から年貢取り立てる権限を持ちゃん守護大名へと成長した

1392 三代将軍足利義満南北朝時代終結室町幕府スタート

管領(かんれい  将軍の補佐役)と守護大名が話し合で政治が行われ将軍は彼らを統率できなくなり不安定になり将軍暗殺、反乱が相次いだ

と貿易勘合貿易

農業

鎌倉時代からの二毛作の普及

糞尿の肥料

灌漑技術

農業の発展により職人が増えた

交通の発展

北山文化  寝殿造武家禅宗がミックスされた

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東山文化  

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 書院造

龍安寺

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水墨画  雪舟

猿楽(能、狂言)

能  宗教的演劇

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観阿弥(1333〜84)

世阿弥(1363〜1443)親子が歌舞伎を取り入れ、舞台劇として大成した。世阿弥幽玄の美(仏法の奥深さを意味した仏教用語)を追求した

狂言

縦(主従関係)のつながりから横のつながりに。武士も庶民も「自分たちのことは自分たちで解決する」一揆

1428  土一揆   (滋賀)徳政令を要求した馬借(ばしゃく)が中心となった

1467  応仁の乱

6代将軍 足利義教七代目将軍を弟の義視に譲る約束をした

日野富子男児を出産。義教の弟自分の長男を義尚(よしひさ)を7代目将軍としようと画策

西軍  義尚派 山名持豊

東軍  義視派 細川勝元

日野富子

天皇を味方につけ武将たちを買収し息子義尚を9代目将軍とした

11年間にわたる戦乱により京都は焼け野原になり幕府の力は弱まり各地で一揆が起こる

1485  山城の一揆

1488  一向一揆(加賀 石川)一向宗徒が守護 冨樫氏を倒し100年間支配

1491 北条早雲堀越公方を討伐し伊豆攻略下剋上はじまる

1526   今川氏守護から大名へ成長

1543   種子島に漂着したポルトガル人が🇵🇹鉄砲伝来

1547  武田氏が守護→大名に

1549   サビエルがキリスト教を広める