緋色のことり

私は赤い獣にまたがっている一人の女を見た。この獣は全身至るところ神を冒涜する数々の名で覆われており、七つの頭と十本の角があったーヨハネ黙示録17章3節

江戸時代 思想、文化

 徳川家康征夷大将軍に任命された

武家諸法度

参勤交代と河川工事と城造りを命じ経済を圧迫し反乱を防ぐ

スペイン、ポルトガルの侵略を恐れた幕府は

1612  キリスト教禁止  

キリシタン迫害を始めた

1637  島原の乱

鎖国

士農工商

幕府は社会秩序を重視する儒学  朱子学を保護した

江戸幕府の封建的な幕藩体制(縦社会)にとって都合が良かった

林羅山(1583〜1657)

上下定理分の理   目下の者は目上の人を敬う

私利私欲を捨て自分本来の心を保つ

陽明学   中江藤樹(1608〜48)

横社会(家族関係など)で生じる自然発生的な孝(愛し合う心)時、場所、身分に応じた形で実践される

幕府から革新的思想と警戒された陽明学大塩平八郎吉田松陰の思想に影響を与えた

儒教 古学派

山鹿素行(1622〜85)抽象的になりがちな朱子学を批判し、聖人の教えを直接学ぶとる古学を主張した。原始儒教の回帰

戦国時代以前の武士道の考察

武士は支配階級として人格を高める士道を心得るべきである

伊藤仁斎(1627〜1705)「論語」「孟子」の精読

(私心のない純粋な心情)日本古来の伝統を重視する。幕末志士たちに影響を与えた

荻生徂徠(1666〜1728)中国語の原文で理解するべき

理想的君主が世を安心して民衆の暮らしを守る

学問の目的は経世済民(世を治め民を救う)とした

文治政治

1680 5代将軍徳川綱吉

家制度(長男のみが財産を受け継ぐ)

男尊女卑の思想

1685  生類憐みの令

1709  正徳の治  新井白石  儒教に基づく文治政治

1715  新井白石 金銀を制限し流出を防ぐ

元禄文化

井原西鶴  浮世草子

近松門左衛門   歌舞伎の台本

松尾芭蕉   俳人

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わび(幽玄の美)静なる美をはじめて表現した

それまで カエルの「鳴き声」が美しいと表現していたのを「蛙の飛び込んだ水のかすかな音に注目し静けさを引き立たせる

尾形光琳

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菱川師宣   浮世絵

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俵屋宗達

金、銀の産出量の減少

江戸の大火事

富士山の噴火による財政悪化

1716  享保の改革  8代将軍 徳川吉宗

倹約と一定の年貢の取り立て

参勤交代軽減の代わりに米を献上させた(上米の制)

米の値段は不安定

1732  享保の大飢饉 イナゴ大量発生

打ちこわし

百姓一揆

が頻繁に起こった

1772  田沼意次の改革  この頃アメリカ独立宣言、イギリス産業革命

商業資本を積極導入、経済を活性化することによる改革

賄賂の横行

1774  杉田玄白前野良沢が解体新書を和訳

1782  天明の大飢饉  東北地方の冷害による不作

浅間山の噴火による飢饉

一揆、打ちこわしが増え田沼意次は責任をとり老中退く

1787 寛政の改革

老中 松平定信の質素、倹約令

1790  朱子学以外の抗議禁止(異学の禁)

1792  ロシア🇷🇺エカテリーナ2世がラスクマンを根室に派遣した

化政文化

歌舞伎

川柳、狂歌

小林一茶

与謝蕪村

葛飾北斎

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喜多川歌麿

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滝沢馬琴   南総里見八犬伝

十返舎一九   東海道中膝栗毛

1774  杉田玄白前野良沢  解体新書

国学

理性の儒学に対し 日本古代の精神、心情

賀茂真淵(1697〜1769)  「万葉集」の研究

本居宣長 (1730〜1801)「古事記伝」「万葉集」の研究、体系化

蘭学

青木昆陽   殖産興業のために徳川吉宗から命じられ蘭学を学ぶ

シーボルト  鳴滝塾  渡辺崋山高野長英が弟子

緒方洪庵   適塾  福沢諭吉の師匠

石門心学  

石田梅岩(1685〜1744)商売によって得られる営利の正当性を経済的、社会的役割から説く

安藤昌駅  農本主義

差別、搾取の横行する封建社会(法世)を批判して自給自足の平等社会(自然世)を理想としていた

著者  「自然真営道」

二宮尊徳(1787〜1856)

天道(自然の恵み)と人道(人間の働き)を合一することで農業は成立する

伊能忠敬   日本地図

外国船が頻繁に現れる

1825  異国船打払令

1828  シーボルトを追放

1833  天保の大飢饉

1837  大阪で大塩平八郎の乱

1837  モリソン号が漂流民を救助したが幕府は撃退した

この事件を批判した

高野長英   (医学)「戊戌夢物語」

渡辺崋山(洋学)「慎機論」

らの蘭学者

1839年に処刑(蛮社の獄)

1840  アヘン戦争

1841   天保の改革  老中  水野忠邦

株仲間の解散

清がアヘン戦争で外国に敗北したことを知った政府は怖くなり

1842  浸水給与例で異国に対し態度を軟化した

異国から開国を迫られる幕府

高杉晋作は異国に対応するため奇兵隊を結成

1853  ペリーが浦賀(神奈川県).にやって来て開国を迫る

日米和親条約

大老 井伊直弼

1858  日米修好通商条約

関税自主権がない領事裁判系不平等条約

海外の安い糸、綿織物が輸入され、金は溜出し人々の生活は苦しくなる

外国の言いなりのヘタレな幕府に武士たちは

「もう 幕府はいらない」

尊王攘夷の思想が広まる。井伊直弼は攘夷派を弾圧

吉田松陰   松下村塾    教え子 伊藤博文

橋本左内  など処刑(安政の大獄)

吉田松陰の処刑により伊藤博文松下村塾の仲間と共にイギリス領事館に放火し、幕府の要人を暗殺。テロ活動にいそしんだ。その後博文はイギリス留学し異国の文化を学ぶ

1860  水戸浪士により井伊直弼暗殺(桜田門外の変)大老、幕府の重要人物が次々と倒幕派により暗殺された。幕府は

「14代将軍を倒幕派から守る強い人募集!身分を問いません」と求人募集した。この求人に応募し採用されたのが新撰組である。最初のメンバーは24人だったが池田屋事件で多くの倒幕派を捕まえた新撰組は有名になり最大200人にまで増えた

1862  生麦事件 (横浜)

島津藩大名行列の前を4人のイギリス人が馬に乗ったまま通り過がった。大名行列では大名が通過するまで土下座しなくてはならない。彼らは知る由もない

島津藩士の逆鱗に触れた

最新式の兵器で不平等な数々の条約を押し付け

さらに大名行列を挑発するように通り過ぎる

侮辱と感じた島津藩士たちイギリス王に襲いかかる。逃げ遅れたイギリスの男性1人が殺された。殺された男性は何がなんだかわからないまま殺されただろう。ご冥福を

当たり前だがイギリスに報復され

1863  薩英戦争

薩摩藩  最新式武器のイギリスにぼろ負け

長州藩 外国船に砲撃

英語の話せる伊藤博文はイギリス、フランス、オランダ、アメリカと停戦交渉し戦争をくいとめた

長州藩(山口県)木戸孝允  

薩摩(鹿児島)西郷隆盛大久保利通

)最新兵器を持つ外国に対して尊王攘夷が難しいと悟り開国に方向転換する

坂本龍馬

「これからの時代黒船を持ってるヤツが偉いんだぜ!」

という勝海舟に惚れ込み勝海舟の海軍造船所に入り黒船で海を渡る技術を身につけた。薩摩藩の助けを借りて「亀山社中」という日本初の商社をつくり海外と貿易をはじめる

「わしがイギリスから買い付けた武器を長州に送るから、代わりに長州から薩摩に足りない米を渡すぜよ」

薩摩藩(鹿児島) 西郷隆盛

長州藩(山口)桂小五郎

を仲立ちした

1866  薩長同盟(幕府を倒す倒幕運動)により倒幕派は加速した

勝海舟   江戸城を開城する代わりに江戸を攻撃をやめるように西郷隆盛と取引をした。西郷隆盛無血開城を決断

🇬🇧  🇫🇷  🇺🇸  🇳🇱が日本に不利な改税約書調印させた

1867  15代将軍徳川慶喜大政奉還

岩倉具視

王政復古の大号令

1868  鳥羽伏見の戦い戊辰戦争

伊藤博文

テロリストから総理大臣に就任