カルトの心理学

私は赤い獣にまたがっている一人の女を見た。この獣は全身至るところ神を冒涜する数々の名で覆われており、七つの頭と十本の角があったーヨハネ黙示録17章3節

「死を受容する」心の変化

鬼滅の刃「無限列車編」公開3日で342万人動員。46億突破。大ヒット御礼記

「先着順に貰えるファンブック目当てに私たちも見に行ったの」

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このコロナ下でこの記録は凄い

登場人物を殺しまくる作品

週刊少年ジャンプ作品は

努力

友情

勝利

に反して、努力しても必ずしも報われないという鬼畜設定だが

命かけて戦う登場人物の死に様がカッコイイ

敵である鬼たちは元は「哀しみを抱えた人間」。倒される時は必ず救われた形で浄化される

多くの人の心を掴み大ヒット。コミックは累計発行部数1億突破」

「確かに現実は努力しても実はほとんどの人は報われない

報われるのは漫画の世界だけ

魅力的な登場人物をつくながら惜しげもなく散らせるのが人気の秘密なのね

現実世界では死とは悲劇でしかないのに

漫画の世界の死は美徳になる

死とは一体何なのか

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なぜ自分が人よりも強くうまれたのかわからますか

「わかりません」

弱き者を助けるためです

生まれついて人より多くの才に恵まれた者は

その力を世のため、人のために使わねばなりません

天から授かりし力で

人を傷つけること

私服を肥やすことは許されません

(鬼滅の刃8巻)

エリザベス=キューブラー=ロス(1926〜2004)はアメリカの200人の末期ガンの患者にインタビューを行い「死を間近にした人の心の変化」を調べました。エリザベスは人が死を受け入れるまでに

1.否認

2.怒り

3.取り引き

4.抑鬱

5.受容

の5段階の心のプロセスをたどることを示しました。プロセスの順番は入れ替わることもあり、必ずしも全てがあらわれるわけではない

「今日は『生と死」死を受け入れるまでの心の変化を戦国時代から学ぶわよ

戦国時代

それは

下克上

主君が部下に殺され

落城すれば姫たちは自害する

殺さなければ

殺される

戦国時代の人々は死と隣り合わせである

細川ガラシャ夫人の覚悟

1563  珠子 明智光秀の娘 として生まれる

1578  16歳で織田信長の勧めで、細川忠興と結婚。才色兼備の嫁を迎えた義理の父細川藤孝はたいそう喜んだ

召使いが珠子に挨拶しただけで夫、忠興は嫉妬し召使いを手打ちにしたエピソードがある

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画像 朝日新聞

夫婦仲も良く子宝にも恵まれた。順風満帆の珠子に悲劇が起きる

魔王の死

1582  20歳 本能寺の変  父 光秀が謀反を起こすも秀吉に囲まれる。光秀に対し「あのキンカン頭」

「怒りね

取り引きはできそうもないわね」

数々の人々を殺戮し自らを「魔王」と名乗った信長は因果応報を免れなかった。信長は「是非に及ばず」と名言残し自害した

「受容ね」

明智光秀の恨み

明智光秀丹波八上城の攻略に向かうにあたり母を人質に差し出し、命の保証をして開場させた。だが織田信長は城主一族を処刑したため、激怒した城兵により明智光秀母は磔刑に処された

謀反人の娘

光秀の謀反を知ると藤孝は出家し、忠興には「謀反人の娘」珠子と離縁するように勧める。忠興は愛妻を離縁せず丹後の国の山中に玉を幽閉した

1.否認

不治の病などで死の予告を受けると「私のことではない」「何かの間違いだ」などと、その事実を否認する

「謀反人の娘」と呼ばれ、山奥に幽閉され不自由な生活を送る珠子。珠子は謀反した父を恨んだ時もある

2.怒り

否認することが難しくなると「どうして私なのか」などと怒りが生じるようになります。他人を憎んだり、羨んだりします

そんな珠子の唯一の心の支えは時折来る姉との会談だった。姉を遣わしたのは夫忠興の取り計らいといわれている。姉から異国の宗教キリシタンの話を聞いた珠子はキリシタンに興味を持つ

1584  豊富秀吉のとりなしで、細川家に返り咲いた珠子

しかし屋敷でも幽閉され自由はなかった。夫は自分のいない間に側室を作っていた。苦悩の人生を送る珠子

珠子は「信じるならば誰でも救われる」キリスト教に救いを求めるようになる

お忍びでキリシタンの教会に通う珠子。珠子は宣教師に矢継ぎ早に質問を繰り出す

珠子は自分の救いはキリスト教にあると確信した

3.取り引き

運命や神に対して「良い行いをするので、救いを与えて下さい」など取り引きをする

1587  25歳 侍女と共にキリシタンになる。洗礼名はガラシャ(恩恵)

これを知った忠興は激怒。一緒に改宗した侍女の鼻を削ぎ、追放した

ガラシャは離縁を考えたが宣教師には「困難に立ち向かう」ように勧められ信仰心を深めていく

1600  関ヶ原の戦い石田三成は東軍の夫人を人質にして味方を増やす作戦をたてる。石田軍はガラシャの家を取り囲む

4.抑鬱

身体の変化などから、病気や死の訪れが否定できなくなると、喪失感や絶望感を覚え、抑鬱状態となります

ガラシャは自害を決意

5.受容

それまでの心理的な苦痛との戦いを終え、やがて訪れる『死』という現実を受け入れるようになります

侍女たちを逃した後、キリシタンにおいて自殺は罪のため自害ができず部下に胸をつかせるように命じた 

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こうしてガラシャは波乱に満ちた数奇な運命を終えた(享年38歳)

ガラシャ夫人と夫 忠興の像

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勝竜寺に立つと細川忠興ガラシャ夫人の像

世の中は不条理である。ガラシャ夫人のように何も落ち度がなくとも、理不尽な仕打ちを受ける場合もある

理不尽な苦しみに対し受け皿がなければ人は宗教に救いを見出だしてしまう

目上の人を敬う儒教

裏切り者は許されない仏教

「謀反人の娘」といわれたガラシャ夫人にとって既成の宗教に救いはなかったのだ

「私たちは皆罪人」「しかし、信じるものは許され、救われる」という異国のキリスト教の教えこそが、ガラシャ夫人の救いになった

このように人は精神的に弱ったときに宗教に救いを見出すのだ

キリスト教に救いを見出さなければ「謀反人の娘」として人生を終えるのだから、間違いなくガラシャ夫人はキリスト教によって救われたのだろう

東国一の美少女 駒姫

1581 駒姫 戦国一のワルと呼ばれた最上義光(出羽・山口)の次女として生まれる。伊達政宗とは従姉妹

聡明で琵琶の名手で「東国一の美少女」と呼ばれた駒姫を両親は溺愛した

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画像 山形新聞より

駒姫11歳の時、誉れ高い駒姫の噂を聞きつけた時の関白 豊臣秀次から側室に差し出すように重ねて要求した。権力者には抗えず義光は15歳になったら山形から京に嫁がせる約束をした

15歳になった駒姫に義光は立派な婚礼衣装を仕立て上洛させる

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駒姫の婚礼衣装(ヒストリアより)

1595  駒姫は侍女たちと共に京に入城した直後駒姫の運命は暗転する

7月15日  豊臣秀次は謀反の疑いで豊臣秀吉から切腹を命じられた(享年28歳)

豊臣秀次(1568〜1595)

秀吉の姉の子供。秀次は武将として頭角を表し秀吉の期待に応じて出世した

1592 秀吉の実子鶴松が亡くなる

秀次は秀吉の養子になり関白を譲り受ける

淀君は第2子秀頼を出産

関白就任後 秀次の素行が悪くなる

上皇の喪中に鹿狩り(殺生)し民の反発を招く

女性禁断の比叡山に女性を連れて登り、殺生禁断の比叡山で鹿狩り

身篭った側室に対し「オレの子じゃない」と腹を割いて胎児を引き出した

鉄砲、弓の稽古に農民たちを標的にした。刀で罪人、一般人を試し斬りしながら「痛いか?」と笑いながら斬り捨てた秀次は殺生関白と呼ばれた

さらに朝廷の多額の献金を謀反の準備と疑われた

秀次は身の潔白を申し出たが聞き入れられず高野山に追放。秀吉は切腹を命じた

秀次の罪は今では冤罪と言われている。秀吉に実子 秀頼が生まれたため養子の秀次が邪魔になり、謀反の罪を着せられたことは誰の目から見ても明らかだ。秀次の「殺生関白」も秀次一族処刑を正当化すれために創作された逸話と考えられている

秀次の家臣たちは次々と切腹

秀次の住む聚楽第も破壊

秀次の妻妾たちは「謀反人の家族」として引き回しの上 三条河原で処刑

連座ね」

駒姫は正式に秀次の側室になったわけではないが「謀反人の側室」として一緒に処刑されることになる。不条理の極みである

秀忠の謀反について駒姫も父義光も

1.否認

何かの間違いではと思ったろう

父 義光は必死に駒姫の助命を嘆願した

2.取り引き

秀吉は受け入れなかった

3.怒り

秀次に圧力かけられて渋々愛娘を嫁に差し出し、まだ正式な側室にさえなってるいないのにと怒っただろう

4.抑鬱(喪失と絶望感)

秀吉が実子 秀頼のために秀次に謀反の疑いをかけたのは明らかである。しかし誰も秀吉の命に逆らえない

5.受容

覚悟を決めた駒姫は侍女たちに婚礼衣装を持たせを形見として両親に渡すようにお願いする

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「まだ側室にもなっていない姫まで処刑はあんまりだ」と多方面から嘆願された秀吉は駒姫を「尼にする」という伝令の早馬を送ったらしいが時既に遅し

駒姫は11番目に処刑された(享年15歳)

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 大名 最上家の姫として毅然とした潔い死に様がうかがえる

39人の妻妾たちの遺体は謀反人の家族として「畜生塚」という首塚にまとめて捨て置かれた

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家族は遺体の引き取りを願い出たが、それさえも拒否された

8月16日  母親の大崎夫人も後を追うように他界した。父 義光は「何の因果でこのような目にあうのか」苦悩し続けた

秀次一族の粛正により、数少ない豊臣一族はさらに減る

最上家は関ヶ原で最上一族は豊臣家を滅ぼす東軍についた(歴史秘話ヒストリアより)

老いることも

死ぬことも

人間という儚い生きもの

老いるからこそ

死ぬからこそ

たまらなく 愛おしく 尊いのだ

(鬼滅の刃8巻)