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少年D渡邉恭史「野獣の罪咎」

渡邊恭史 女子高生コンクリート事件少年D

逮捕時、身長169cm、体重58キロ。主に見張り役だが、Aに命令されるまま被害者に激しい暴行をした

渡邊恭史

1月4日、AがWのとこに行くと言い出した時、Wがかなり弱っていたのを知っていたので、こんな状態で殴ったり蹴ったりすれば死んでしまうかもしれないとわかっていた。それでも皆でリンチを加えた。他の被告人の3人の殴り方があまり激しかったので、いっそ早く死んだ方が楽だろうと思った。僕はWが可哀想と思わなかった。僕たちは、Wの処置に困り、なるようになれ、いっそ死んでくれたがいいという気持ちだ

渡邊は鉄球付き鉄棒を宮野から手渡され命令されるまま被害者の背中、腹部などを殴った。右暴行は被害者の死亡にも大きく影響した

少し幼稚っぽいとは思ったが、私の質問には答えるんです。「いい子だなあ。本当にこの子は本件にかかわっているのかな、と思ったくらいです」(担当弁護士)

渡邊恭史との面談を重ねるにつれ弁護士は違和感を感じた

それは何を質問しても、こちらの目をじっとそらさないで、うなずいてばかりいるんです。普通なら周りの色々なものを見ながら話すでしょう…

弁護士は会話中の渡邊のボディーランゲージに違和感を感じた

渡邊は大のファミコン好きで、ファミコンをはじめたら、食事もせずに1日中熱中する少年だった。

弁護士は彼が面談でじっと弁護士の目をみるのはファミコンの画面をみてるのと同じではないかと考えている

89年11月17 日の公判

AがWさんを湊の部屋に連れてきた日、渡邊恭史は湊の部屋でファミコンをしていた

―(Aは)Wさんを脅かすようなことを、そういう言葉を言ってなかった?

「ヤクザがいっぱいいるとか、そんなようなことを言っていたと思いましたが」

―それを聞いて君はどうおもいましたか?

「いえ、特に何も思っていないです」

―特に何も思ってないというけど、やくざが周りにいっぱいいたら怖いじゃないか、実際にやくざがいると思った?

「いえ、何も思ってないです」

―その話をした時にWさんは怖がってなかった?

「いえ、怖がっていたようには見えませんでしたが」

―君はそれからずっとそこにいたのかな

「いえ、いないです」

―どうしたの

「家に帰って寝ました」

―Wさんのことを 心配したり、Wさんはどうなるんだろうとは考えなかった?

「何も考えてないです」

―Wさんが宮野に騙されて連れてこられた、というふうなことを考えましたか

「何も考えてないです」

―Aは本当にWさんのことを強姦させると思ってた?

「いえ。分からないです」

―なんでわからないの?

「いえ、元々嘘言ってるのか、本当言っているのか分からない人なので」

―君たちにみっともないことをさせて、でおもしろがってるところで終わるかと思っていたわけ?

「いえ、思ってないです」

―じゃ、その後強姦しかないじゃない

「いや、何も思ってないです」

―どうなるか先のことは考えなかった?

「先のことは考えないです」

しらばっくれているが取調べでは以下のような証言もしている

Aから電話がかかってきたが、その電話の内容は、女の子をナンパしたので僕たちにこいということでした…Aと落ち合った時、Aはヤクザがどうのこうのと言ってたが、何のことだかさっぱりわからなかった。そのうちAが「ヤクザの車がきた!隠れろ」などと言ったので、どうもA、Bらは、ヤクザに狙われていると思い込ませ騙している様子だった

11月17日の公判

―Wさんは色々な酷いことをされたね。それを君は見た?

「いいえ見てないです」

―じゃあどこにいたの君は 

「僕はあまりみたくなかったのでドア側のほうにいたら…」

―ドア側を向いてそれで何をしていたの

「なにもしてないです」

―じゃWさんにこういう暴力を振るうことを君はどういうふうにおもってたの

「いえ、何も思ってないのですが。いやだったので何も見なかったです」

泰史は死亡現場に立ち会っておらず、遺体の処理作業にも加わらなかったが彼自身が書いた上申書には「僕(泰史)の部屋にあるバックに死体をいれるとAが話し、僕たちもそうしようと思いました」と書いてあった

―「ぼくたちもそうしようと思った」とあるが

「いえ、そういう話はしなかった」

―でも、これは君の字でしょ

「はい」

―なんでそんな話を書くの?

「言われたとおりに書いた」

―ぼくはそんなこと知らなかったから書けません、と言わなかったの

「なんか、そんな話になって」

―「この上申書に漢字をずいぶん使っているね。この漢字は知っていたの?」 

「いえ、全部向こうで教えてもらいました」

―文章の内容も漢字も警察の人が教えてくれたの?

「はい」

省略 

―ずいぶん違うことが書かれているよね

「はい」

―なんできみはこれに署名したのかね

「いや、考えてなかったんですか」 

―検事に脅されたのか

「脅かされはしませんが…」

―暴力を振るわれた?

「暴力は振るわれていませんが…」

―じゃあ、なんでこんなに違うことが書いてあるのかね

「聞いてくれなかったので…」

―きみがしゃべらなければ調書はできないんだよ

「検事の人がしゃべって、隣の人が書いた」

―きみは、黙っていたのなら署名しなければいいじゃないか

「たぶん、めんどうくさかったからだと思いますが…」

―内容が違うのに、めんどうくさいから署名した?

「聞いてくれないなら、言っても無駄ですから…」

被告人は小さい時からいじめられ続けてきたために、強いものに弱く、これに迎合して生きるという考え方が身についてしまった。自分が攻撃されるかもかもしれないと、これを避けるために、より弱いものを攻撃するということを厭わないという考え方になってしまった(担当弁護士)

Dは小さい声で途切れ途切れ話聞きとりづらく

「わかりません」

「見てません」

「何も考えてません」とばかり話何を言っているのかわかりにくい

渡邊恭史生い立ち

1971年12月生まれ。姉1人

渡邊恭史の母親は中学卒業後、美容師になり結婚したが夫は仕事をしなくなり離婚した

母親は生活保護を受けながらの時計部品のパート収入で2人の子供を育てた

元夫が母子の住んでいるアパートに入り込もうとすると、渡邉は玄関で両手を広げ「お前あがっちゃダメだ」と母を守ろうとした親思いの子だった

3歳くらいの時でしょうかね。『僕が金槌で新しいおうちを建ててあげるから、ママ』…あと、私が疲れた時、足を揉んでとか、肩を揉んでと言うと上手に揉んでくれました(償い)

渡邉恭史は子供の時からコミュニケーションが不得手で誤解されやすく、嘲笑の対象となった。小学1年生の時、落ち着きがなく、授業中席を離れ、歩き廻り、勉強のほうもさっぱりだった。母親が恭史を児童相談所に連れていくと「自閉症傾向があり、両親の離婚により情緒不安になった」と言われた

恭史が小学3年生の時、机と机の通路を通ると、足をだされて転倒させられた。脚を出した子に恭史がやり返すと、恭史だけが先生に叱られた

恭司の本や帽子が3階の教室から放り投げられたこともあった

恭史が小学4年生の時、ヘルニアにかかり、腹部に包帯をまいて学校に通っていた。クラスメートは「恭史は病期じゃないのに、包帯を巻いてる」と言われ クラスメートたちから背中を踏みつけられた

恭史が5年生の時には、六年生ら数人に取り囲まれ顔色が紫色になるまで殴られた恭史は「お母さん、ぼく一対一なら勝つけどね、そんなに多くでやられたんじゃ勝てないよ」と話した

ズボンを下げられてたり、トイレを覗かれたりなど虐められ泣きながら帰ってくるのは日常茶飯事だった。小倉も渡邉を虐めていた

母親は「泣いてどうするの。負けちゃ駄目なのよ。頑張るのよ」と叱咤激励した。母親は息子に「クラスの誰かが止めに入ってくれないの?」と聞いたら

「誰かが止めに入ったり、先生に言ったりすると、今度はそいつがいじめられるから、みんなしないよ」

母親は学校に出向き「息子がいじめられているので注意して欲しい」と頼んだりしていたがいじめはなくならなかった

ある日、近所の駄菓子屋で恭史が100円のガムを万引きをしたと訴えてきた。母親は店主に謝り100円を支払った。恭史によると万引きはしていないと言い張った

恭史が大事にしていたラジコンカーが家から消えた。お勝手の戸に侵入形跡があり、近所に住む2歳上の少年が恭史と同じラジコンカーで遊んでいた。それをみて恭史は「僕のだ。同じところに傷がある」と母親に訴えたが母親も恭史のラジコンカーと思ったが「同じものも幾つもあるし、人を疑ってはいけない」と言った

中学入学し、頭髪検査の時、恭史は天然パーマであることを説明したが、教師から体罰を受けてしまう。恭史はこの理不尽を母親訴えたが、母親は学校に相談したが教師に丸めこまれてしまう

ある時は、文房具を買うためにゲームコーナーのある玩具店に立ち寄ったところを教師に見つかっただけで殴られた。朝礼の時、顎をつき出したといわれ殴られた

先生の体罰が酷く授業もついていけず恭史は中2の頃から不登校になり家でファミコンばかりしていた

恭史によると不登校になったのは母親のせいだという。母親を言い争っていた時「学校いかない」と恭史が言うと母親は「行きたくなければ行かなくてもいい」と答えたから行かなくなったという

恭司が中学3年生に進級した頃、母親から特定の男性から頻繁に電話がかかってくるようになると家庭内暴力がはじまった

勉強机を倒したり、百科事典とか物が飛んでくるんですよ…食事をだすと『指入った。汚え』って捨てられて、また作ってだすと今度は「つば入った」って。お金を請求されて断ると、御膳をひっくり返して、後片付けが大変だった(D母)

恭史の部屋は不良少年のたまり場になって彼らは煙草を吸っていた。少年たちは窓から出入りしていたため、近所から苦情があった。恭史は外泊し何日も帰ってこない時もあった

母親は夜も眠れなくなり体重が激減して、胃潰瘍になった。母親は中学担任のもとに相談にいった

学校から恭史のことで相談を受けた綾瀬警察は、88年9月5日の早朝、自宅から恭史を連行し虞犯少年として鑑別所に保護した。恭史の部屋から数丁のナイフが発見されたためだった

3週間後、家裁では審判を開いて、裁判所の調査結果などをもとに恭史を保護用の指導を受けながら親元で生活する保護観察処分とした。母親が息子を引き取りに来ると、恭史は無言で母親を睨みつけていた

それからは、ずっと(母親を)シカトしました。母親は信用してないです。嘘つきですから

以後、恭史は家庭内暴力をしなくなったが母親と食事することをやめてしまう

家庭内暴力をやめた恭史だが、相変わらず不登校で「卒業できない」と危惧した母親は保護司に相談した

保護司は早朝 恭史の家に駆け付けた。学校にいくように促した。三日目くらいからは恭史の部屋に入って「起きろ」と布団をはいだ

保護司は「俺は子供の時は…」と長々と説教をはじめたり「俺は気が短いんだ」と威圧的な態度をとってきたりして恭史は保護司を嫌がった。「お母さん、保護司はお母さんの前ではニコニコしているけど、俺の前では全然違うんだ…もとをただせば、お前が一番悪いんだ。自分のうちのことは他人には関係ないよ」

母親は「子供は保護司とあわない。保護司を取り替えて欲しい」と相談したが「替えられない」といわれてしまう

恭史が自転車に乗っていると警察に呼び止められ所持品検査をされたり、学校の同級生が恭史が鑑別所送りを知っていた。恭史が鑑別所送りがトラウマになったことを知った母親は「お母さんが悪かったね」とはじめて謝ると、恭史は少しづつ学校に通うようになった

中学の卒業式練習は参加させて貰えず練習の間、恭史は1人で教室でパンを食べていた。卒業式は参加させて貰えず、1週間後、校長室で卒業証書を渡された

高校は1週間で行かなくなった。高校は最初から行きたくなかったけど、お母さんが行けといったから。お母さんが勝手に願書を出した

9月 都立定時制高校を一学期で中退

父親の空気設備取り付けやスーパーのレジ打ちの仕事をする一方生活は荒れていた

Aと一緒に出身中学に投石、窓硝子を割り検挙された

A先輩と遊びたくないと言ってましたね。一緒にいてもおもしろくないって言ってましたよ…Cの家だって、本当はいたくないって、A先輩が「居ろ」というから行ってたみたいです。あいつ昔から自分の立場がどんなに悪くても、悪い方に誘われたらすぐ行っちゃう。意思がないんですよ(友人)

主犯格Aは渡邊の姉の「彼氏」でもあった。中学時代はAから締められ大怪我をしたこともあり渡邊はAを内心嫌がっていたがAから脅されてCの部屋に入り浸たっていた

Wさんは、一緒にファミコンをしていました。28日にも、ファミコンをしに行きました。Wさんは好みのタイプではないです。関心もないです

被害者Wさんは倉田まり子似の一軍系美人である。陰キャラの渡邉恭史「お前が言うなー」

11月17日の弁護士質問

―1人でずっと(独房に)200日以上もいて、早く外にでたいとか、家に帰りたいということを考える?

「いえ、別にないです」

―早く家に帰ってお母さんに会いたいというようなことを考えない?

「いえ、考えてないです」

―お姉さんにも、早く会いたいとは思わない?

「いえ、特に思わないです」

―他に…今会いたい人とか、毎日考えてる人がいるかな

「特にいないです」

―そういう人(友だち)たちと、また一緒に遊びたいということを考えない?

「いえ、考えてないですね」

89年12月14日の弁護人質問

―お母さん面会に来ている?

「面会というのは会う、あれですか。いえ、会ってはないです」

―君の方で、お母さんに来るなという手紙を出したことある?

「はい。僕に害なので」

―お母さんからね、君は愛情受けていると思う?

「愛情ですか…わからないですが」

―拘置所に小学3年生ぐらいからの参考書を入れてもらってるよね。いま、どこまで進んだ?

「今は5年生の中間くらいだとおもいますが」

―どうして、小学3年生から勉強をやり直そうと思ったの?

「バカなので」

―君が知識がないから、もう一度やり直そうと思ったわけ?

「そういうのは、思ってないのですが…ただバカなので」

―バカなので、小学3年生からやり直すというのは、どういうことなの?

「バカなので」

中略

―将来どういう形でそういう反省を表したいと思っている?

「わからないので」

―考えている?

「考えても、わからないので」

恭史の友人が面談に来ると、恭史は泣きながら「オレってバカでしょ、バカだよオレは…」と言っていた

内容

4人の兄弟と障害児であるトビアスが分け隔てなく自由に暮らす様子が描かれている。トビアスによって家族が様々なことを教えられていく

審判を明日に控えた日、弁護士は恭史を尋ね一通りの打ち合わせがすみ弁護士が帰ろうとすると、恭史が話しかけた。恭史から話しかけるのは珍しいことである「この前の本のことなんですけど、こういう家族ってあるんですね。家族っていいものなんですね」

渡邊恭史の罪状は猥褻誘拐、監禁、強姦、殺人で起訴され懲役5年以上7年以下の刑が科せられた

母親は「子供は親を選んで生まれることはできない。力になってやれなくてごめんなさい」という手紙を出したら「何百回も俺に嫌な思いをさせた。弁護士先生ばかり頼らないで自分で考えてみろ」返事が来たんです

拘置所では姉とは面会したが母親の面会は拒み続けた

手紙が子供から来たんです。『報道がいっぱい来るから、法廷には来ないでくれ』と、その手紙について「お母さんはいきます、罪を見つめていきます」ということを返事で書いたんです。でも子供にしてみれば“お前がやったんだから、罪を見つめていけ”というふうにとったのではないでしょうか…。それ以降、『会いたくない。来ないでくれ』と言われるようになりました 母親

川越少年刑務所に入所した恭史はイジメにあっていた。母親が手紙をだすと、ルームメートから『でたらお前の家に火をつけてやる』と脅された。いじめがひどく一人部屋にされた

96年11月 出所

恭史は健康保険証やパスポートの発行手続きをした

週刊文春に顔出し実名報道された4人のコンクリ犯たちは出所してから本当の戦いがはじまる。それはSNSの集団リンチである。世の中は因果応報である。今度はコンクリート犯の少年たちがSNSでリンチされる番なのだ

僕も皆が(被害者を)殴っているのを見て見て面白いと思い、一緒に殴ることにした。皆と同じように殴ったりすれば、Wは非常に弱っているので、死んでしまうかもしれないと思ったが、そんなことは関係なかった

ネット民も皆が(コンクリ加害者少年たちを)ネットリンチをしているのをみて面白いと思い、一緒にネットリンチすることにした。皆と同じようにネットリンチすれば、コンクリ少年たちは非常に弱っているので、死んでしまうかもしれないと思ったが、そんなことは関係なかった。寧ろ死んでくれら祝杯だ

僕はWを殴るときは人間を殴っているという気持ちはなく、皆とおもちゃをぶっ叩いているくらいの気持ちだった。やりたい放題やって楽しんだだけである

ネット民はコンクリ少年たちの画像や実名や悪行を投稿する時は人間を名誉毀損しているという気持ちはなく、皆とおもちゃをぶっ叩いているくらいの気持ちだった。やりたい放題やって楽しんだだけである

生活力のない恭史は母親と6畳と3畳、風呂なしアパートに同居した。6畳間は恭史が3畳は母が使う。部屋には鍵をかけ恭史の部屋に入る時は母親は「入るよ」と断ってから入る

恭史は「住み込みで働く」と求人雑誌を購入するが全く働かず自室でゲームをばかりの日々をおくった。たまに姉夫婦が来れば雑談はするが母親とはほとんど顔を合わすことすらなかった

もちろん事件のことは話しません(D母)

パートで働く母親は13万程度。そのうち三万を息子にお小遣いとして与えた

渡邉はそのお金でゲームを買ったりコンビニやレンタルビデオを借りた

母親は事件後、引っ越した。10年間で仕事を三回替え親戚づきあいも辞めた

デパートに行くと被害者のことを思い出します。ここに就職が決まっていたんだと(D母)

恭史母は事件後、「墓参りをしたいと」弁護士を通じて被害者のお墓を知らせてほしいと頼んだが遺族に拒否された。恭史母は何度か事件現場にお花や水を持って供養した

母親によると渡邊恭史は脳がスポンジ状になる病にかかも治療費がないため死亡した

2021年5月 死亡 享年 49歳

渡邉は最期まで全く罪悪感はなくたすべてを母親のせいにした

渡邉母は身体を壊し生活保護を受けている

コンクリ少年たちはシンナーや薬物中毒に陥っていたため脳が萎縮したのかもしれない。被害者少女のご遺体も脳が萎縮していたという。人間は生き地獄を長時間、絶え間なく経験すると「死にたい」と希望する。そうすると身体が生命維持をやめてしまうのだ。被害者と奇しくも同じ死に方といえる

コンクリ事件の共犯者正体たちの正体

渡邊恭史の生い立ちから考察すると渡邊は境界性知的障害と自閉症系の発達障害と考えられる。境界性知的障害でも7人に1人の割合でいて35人学級であれば5人ほど存在します

境界性知的障害とは認知、判断力、思考力、洞察力、責任能力、言語能力などが未発達なためいじめられたり、利用されたり、騙されたり、被害者になるこてがあります。また悪いことに誘われたり悪いことでありながらも脅されたらどうやって断ったら良いかわからず唆されて犯罪の共犯者となったりもします

宮野に脅された渡邊は重大事件の共犯者となりました。裁判になっても共感力、認知能力が未発達なため被害者に対し罪悪感も薄く謝罪の言葉すら考えることができませんた