少年B小倉譲は求刑13年。懲役5〜10年の不定期刑を受けた
求刑よりも軽くなったのはB母が被害者遺族の賠償金を積み立て161万円まで貯めたことからだ
Bは刑務所で毎日写経し、母親から差し入れたれたドエフスキーの小説を読んだ
19歳まで川越少年刑務所、26歳まで奈良少年刑務所。満期になる28歳まで滋賀刑務所に服役した
小倉は拘禁反応に陥った。拘禁反応とは自由を拘束され鬱、幻覚症状、被害妄想を引き起こすという。「自分の房に盗聴器がしかけられている」「見張られている」と訴えはじめた
客観的にありえない話なんですよ。同じ房内にいない人から被害を受けているという話だったり(伊藤弁護士)
また殺した少女が毎晩枕元で恨み言をいうそうだ
Bは自分が被害を受けていると攻撃的になり刑務所内て度々トラブルを引き起こしたため懲罰を何度も受け満期まで服役した
小倉の母親は居場所を転々として埼玉県で焼肉屋を経営していた
1999年 8月3日に出所
小倉は服役中に簿記2級、第二種情報処理、危険物取扱者の資格取得。プログラミングを独学した
養子縁組で名字を「神作」にかえた。服役中に弁護団の1人だった菅野弁護士は小倉にコンピューター関連の会社を紹介し大田区の精神科を紹介した。Bは埼玉県に住む母親と同居した
Bは神作譲と生まれ変わり、また弁護団は至れてつくせりの社会復帰を用意した
ここからは小倉のことを神作と記す
神作は精神科に通ったが、途中で嫌になり通院をやめてしまう
神作は朝5時に起床し、スーツを来て出社した。月収は月30万円で待遇は良かった。仕事は刑務所で取得した資格と異なり苦労したコンピューターの本を購入しては自宅で独学したが、結局1年半で会社を辞めてしまう
次の職は新宿のコンピューター派遣会社でプログラマーやシステムエンジニアとして働きはじめる。その派遣会社では月40万円をもらった時もあった
(休日は)暇に飽かして自分の本を読んだりしていましたから。ビデオを観ていますね。「内容は違うよ」とひと言言っていましたけど(母)
2000年12月 神作は歌舞伎町で働く7歳年下の中国籍の女性と結婚し母親のもとを離れ、千葉県内のマンションに妻と住んだ
母「あなたもそろそろ子供でも作って普通の生活をしたら?」
神作「(コンクリート)事件の子供と言われるから無理でしょう」
神作は新宿のコンピューター派遣会社から別の派遣会社に転職した
2003年 神作は会社で「コンクリート事件の犯人」と噂されたと母親に訴えた。神作は妻と離婚し会社を辞めた
神作が2番目に働いたコンピューター会社で二月分の給料が未払いだった
母親は息子の給料未払いの件を元カレに相談した。元カレのなれそめは母親が埼玉県八潮市で焼肉店を経営していた時に出会い、一緒に暮らした。店を畳んだ後は別居したが、男性は三郷市のスナックに客として通い、交際を続けた
あー頼れる人だなって思って最初お付き合いしていたんですけど、別れたくても、怖くて別れられなかった。何回もいろんなことがありまして、1回、車に乗せられて、田んぼの中につれていかれて、洋服をビリビリにして、車で轢きそうな態度を見せたことがあります。店に来られるのが嫌で車で逃げたことがありますかは。その時飼っていたウチの犬を水槽の中に入れて殺すぞとか…そういうのが怖くて、別れられなかった面もあります(小倉母)
元カレは神作の母親に山口系暴力団組長のS氏にを紹介した。母親はS氏とも15年前からの知り合いだった
2002年 神作は母親の紹介でS氏と銀座で会った
息子がS氏と会いまして、そしたら、謝礼として10万円と言われて、息子は払って、これが成立しなかった場合は、お金を返すという約束だったんですけど、お金が取れなかったんです。それで息子がS氏とつるむようになって…(小倉母)
S氏は電話をかけてきて神作を度々呼び出した
12月 神作は中古のセルシオを200万円で購入し乗りまわした
2003年 S氏が新たに組をつくると、神作は正式な組員となった
暴力団のS氏が神作を「こいつは、コンクリの人殺したやつだよ」って皆に言いふらしていた。神作はそれを嫌がった。母親が「(Sさんと)付き合うのやめたら?」と問うと神作は「他に友だちがいないから…」と述べた
神作はスポーツクラブに通っていた。そこのヨーガのインストラクターをえらく気に入り執拗に話しかけヨーガレッスンを受講する
Bは突然『俺と付き合ってくれよ』とインストラクターに言いよった
インストラクターは『彼氏がいるから』と断わると交際相手のことを色々聞いてきた
その後も神作は彼女に執拗につきまとい、スポーツクラブで彼女を見かけると必ず寄ってきて『お茶しよう』『車で送るよ』『今度何処かに行こうと』迫った。インストラクターは断ったがそのうち
神作『〇〇を知ってるか?遊んでいるんだろう』『〇〇とは付き合うな、遊ぶな』
インストラクター「何で」
神作『制裁を受けなければならない人間だから』
インストラクター「スポーツクラブのメンバーさん?」
神作「メンバーじゃない」
インストラクターは神作の支離滅裂な話に「この人は普通でない」と思った
神作は知り合いの知り合い花屋のQ氏の電話番号を聞き出し、教えてしまうと何度も電話をしてきた。Q氏によると神作は目つきが鋭く背が高く威嚇する感じでヤクザのジャージを着て「怖そうな感じだった」
深夜の2時にQ氏のマンションの呼び鈴がなりドアを開けると神作はズカズカと入ってきた。1時間ほど居座り出ていったが、「財布をなくした」とズカズカと入り込んで部屋中をひっかきまわした。財布よりも、他の何かを探しているような感じだったという。何も出てこなかったので神作はマンションをあとにすると、また朝の6時くらいにまた来て、同じことを繰り返し「おっかしいな」と言いながら出ていったかと思うと神作から電話がかかり「お前なめてんだろ」と怒鳴りつけられた
2004年 5月19日 午前2時頃 Q氏とR氏がともに自宅マンションに帰ってくると、マンションの前には神作の白のセルシオがとまっていた
神作は車から出てQ氏に殴りかかった。「女とったろう。ヤクザなめんな!」と何度も殴られた Q氏は全く心当たりはなく「知りません」と言ったが何度も殴りつけた。神作は車のトランクを開け、中から金属バットを取り出し「殴られる前に乗りやがれ!この野郎、頭かち割られたいのか」とQ氏をトランクに押し込んで車を発進した。途中神作は再びトランクを開けQ氏の携帯電話を取り上げた
午前3時前 母親の経営するスナックで暴行し監禁
「なめてるから女を取ることもできるんだな…俺は人を殺したことがあるんだぞ」
神作は一方的に語るタイプであり独り語りをはじめた
「俺は懲役10年行っていた」
「1人殺そうが、2人殺そうが一緒なんだ。たとえ捕まったって、警察をだまして、検事さんも丸め込むなんて簡単なんだ。頭おかしいフリして精神鑑定を受けることも俺は余裕なんだ」
「女の子をさらって暴行して、やりたかったら来いよと後輩を誘ったのはオレなんだよ!」
「本当の主犯は俺なんだ」
「被害者が死んで、本当に死んだかタバコに火をつけて口に近づけて「本当に死んどるわ」」と笑いながら誇らしげに語っていた
(刑務所に)10年間入って、何をしてきたんだろう(被害者)
神作「警察に電話したら殺すぞ」とR氏にQ氏を迎えにくるように電話
神作「今回はこんなもんで済んだが、これからはもっとエスカレートするからな覚えておけ」とQ氏を解放
午前8時頃 Q氏110番通報し、警察に相談
5月22日 Q氏は被害届を提出
6月4日 神作逮捕
7月4日 時事通信が「知人男性を暴行、監禁で女子高生コンクリート事件の元少年を逮捕」と報道
保守系雑誌では神作(元小倉)譲と顔写真。17才当時の写真も掲載された
7月28日 初公判
神作は暴行は認めたが、監禁と金属バットで脅したことと(コンクリ武勇伝を)話したことは否定した
9月21日 第二回公判
被害者であるQ氏が行方不明になりかわりにルームメイトのR氏が証言台にたった。Q氏は事件報道後「非通知の変な電話がかかってくる」とノイローゼ気味になっていた
10月25日 第4回公判
―Q氏をトランクに突っ込んだとき、「まずい」と思わなかったか?危険じゃないと思いました
神作「自分の尺で動いていたから」
11月25日 第5回公判
―刑務所を出てからどんなことを考えながら生活をしていたのか
神作「冥福を祈らなくてはならないと思っていた。月に1回か2回、墓参りに行ったりした。被害者の墓にはいけなかった。ご遺族にとっては面白くないと思ったので、自分の親戚の墓参りをした。場所は関係ないだろうと。手を合わせた。僕が行っても(被害者遺族は)殺してやりたいくらいの勢いだと思うので」
それはただのお墓参り
―前回の事件で遺族に対して何と言ったか?
神作「できる限り償いたい」
―刑務所を出てきてからは、できるだけ償っていると思うか?
神作「今思うと、思いません」
―なぜできる限り償えなかったのか?
神作「……」
―金銭的な賠償もしたいと?
神作「少しでも貯めて」
―それもできていない。仕事して車を買わないでお金を貯めようと思わなかったのか?
神作「……」
第5回公判の前後、神作は感情が不安定になりはじめた。ふてくされ母親と姉に威嚇する態度を取り始めた
義兄「何考えている?」
神作「シャバに出てから話す、ここで話すと俺に不利になるから。記録されるだろ」
「俺に不利なことを言っている」「俺に有利なことを証言する相手をお前隠しているだろう」
神作姉「(綾瀬の事件について)忘れたらいかんよ。反省しなさいよ」
神作「事件のことを聞くのは辞めてくれ。独房にいるとそのことばかリ頭に浮かんでどうにかなりそうだ」
神作「自分の裁判に協力してくれる人が現れたがその人が裁判にでようとするのを(記者)と兄が止めている」
「(NEWSステーションの記者に)判決が出てから2年後か3年後になるかわからないけど落とし前をつけてやる」
神作の義兄が小倉母にNEWSステーションの取材に応じるように説得した
小倉(神作)ママのインタビュー
―綾瀬コンクリート事件について
B母「コンクリートという名前も嫌ですし…」
自分の息子がやらかした事件なんだけど
B母は息子1人だったらあんな酷いことはできないと語る
B母「1988年の暮れ、Cのお母さんがうちに見えて『何か起こりそうだ』と言われたんです。でも私がお宅に行って入ることはできませんから『警察に行ってください』と言ったんです。それは当然ですよね」
「あちらは両親そろっているから、旦那さんがいて、旦那さんが判断してやってくださるものと思ってました」
記者「被害者の女性がCの自宅にいるという話は」
B母「その話は聞いてました。その時に。『1回帰したんですけど、また戻ってきてます』と。なんか起こりそうなんですけど、と。だから私としては、責任逃れの言い方かもしれないけど」
記者 被害者遺族の賠償金161万積み立てはどうなったのか?
B母「店のほうもうまくいかなかったので、それを使ったこともありました」
記者「まだいくらか残っているのですか?」
B母「いや、残ってないです。今、私は一銭もないです」
B母は店の赤字にまわしたことを、悔やむ素振りすらなかった
B母は被害者遺族が引っ越したため渡せなくなったと語る
記者「遺族はどう思うでしょうか」
B母「遺族だったら死んでもらいたいと思うほかないじゃないですか?その人が大成したって、遺族に対しては、その子が帰ってくるわけじゃないですから」
小倉譲母にとって 更生=大成らしい
記者「逮捕された息子さんをどう思いますか」
神作母「どうやって償っていけばいいか、今…何しろ息子を大成させて償いを2人でやっていきたいと思います」
神作母 泣く
遺族はもっと泣いている
この母親何かがズレている
大成するのは償いではない
誰も凶悪殺人犯に大成して欲しくない
凶悪殺人犯に結婚して凶悪殺人二世なんて量産して欲しくない
神作母は他責的、無責任で自分の息子のことをまるで他人行儀に語っていたと記者は感じたという
陰謀論
神作は今回の事件はS氏に嵌められたと説明した。被害者のQ氏とR氏はテキ屋で山口組の(準)構成員だと言いはった。記者は被害者2人が山口組の構成員という話は全く聞こえてこないし、実際Q氏にインタビューしたときは全く暴力団準構成員というより普通の若者にしかみえなかった
まるでBが見ているのは別の世界のようだ(償い)
神作は会社で「綾瀬コンクリート事件の加害者」と噂はれて職を転々としたが、社員たちは「そんな噂聞いたことはない」と答えた
神作の家族は菅野弁護士に控訴の代理人を依頼したが断られた。神作の母親がそれを神作に伝えると、神作の顔つきがみるみるかわり「妄想の絶頂期のような顔」になった
2005年 3月1日 神作は求刑7年懲役4年の実刑判決を受け府中刑務所に服役した
2008年 神作出所
神作は精神科に通院し生活保護を申請した。生活保護が入ると、全部タバコを買って全部吸う。1日に何箱も吸う
精神科の薬を飲まないため近所のに住む神作母は毎日3食「薬」入りの弁当を息子に届けた
手作り弁当に薬が混ぜてあることに気づき弁当を食べずに近所のドラッグストアで好きなものを買い食べていた
2022年 7月16日 母親がいつものようにお弁当を作って神作に届けにいくと神作はトイレの中で死んでいた。トイレで足元がふらつき倒れ込みタンクのすき間に頭が挟まり戻して死んだらしい(享年51歳)
死因は脳出血だった
葬式は金がないため質素に樹木葬で済ませた。神作の遺品はなかったという

小倉譲の償い
小倉は全く反省も更生もしてなった。2004年の再犯の前に小倉は「(綾瀬事件の)被害者は俺を好きだと言ってくれた」と妄想話をはじめたのだ
小倉は知らないが義兄は高校三年生の時、被害者少女のクラスメートであ席は義兄の後ろに座っていた。目立つタイプではなく「普通の子」だったという
小倉の恥知らずな妄言に義兄は怒った
被害者少女は生き残ろうとして「好きだ」といえば解放されると思ったんでじゃないですか…あれだけじゃないですよ。車を盗んで4人で乗り回して、女の子を引きずり込んで、皆で、被害者はあの子だけじゃないんですよ。『自分のやったことわかってのかと。今だって泣いている子がいるんだ…お前わかってんのか』母親にも言いましたよ『あんた女だろ』『自分のことばかり考えているじゃないよ』
小倉親子は黙り込んでいた
小倉(神作)譲家族の現在
小倉譲 再犯後、ひきこもり精神科に通いながら生活保護。2022年 縊死(トイレに頭が挟まり死亡)。小倉は何の落ち度のない被害者を拷問死させた後は死ぬまで加害者のくせに被害妄想の世界に引き篭もったのだ
小倉姉 離婚
小倉父 年金で暮らし都営に一人暮らし。息子の葬式に顔をださなかった
小倉母 スナック時代に知り合った男性の支援で高層マンションに住んでいる。小倉母は「Aが悪い。Cの両親が悪い。うちの子は巻き込まれただけ。ウチの子は動物を可愛がる優しい子。私は何も悪くない」と責任転嫁した
小倉夫婦は「一生かけて償う」と慰謝料を積み立てによりバカ息子の刑期を3年減らしたが、無責任夫婦は被害者遺族に一銭たりとも補償金を払わなかった。小倉自身は出所後、収入が月30万〜40万円あったのに関わらず1円たりとも賠償にあてず。キャバクラで遊び高級車を乗りまわした
これが野獣の償いである
小倉譲はアダルトチルドレン
小倉父は結婚したら「麻雀」ができないからという理由で妻子を捨て養育費を払わない無責任人間で自己愛性パーソナリティ障害のようです。「少年Aが悪い。うちのコは巻き込まれただけ」と責任転嫁して被害者家族に1円も賠償金を払わなかった小倉母も自己愛性パーソナリティ障害と考えられます
自己愛性パーソナリティ障害のもとで育った小倉も自己愛性パーソナリティ障害になります
父親の不在、母親は働きづめの機能不全家族のもと育った小倉は愛情飢餓状態のアダルトチルドレンになりました
小倉は高校生になっても多忙で性格のきつい母親のご機嫌取りをして親にとって「いい子」を演じ母親に依存しました
小倉は母親に言われるまま高校に入り、彼女ができれば「別れろ」と母親に命じられるままそれに従う
小倉は5歳児のように母親の言いなりで人間関係依存症でした
彼女と別れた後、母親に不満を訴えることができない小倉は家の壁を壊したりしました。すると母親は警察を呼び、お巡りさんに「こんな子逮捕してください」と言われます。小倉はまた小学生の時に父親からも見捨てられています
両親から見捨てられたマザゴン小倉は居場所を亡くしてしまいます
小倉は地元の悪で有名な不良少年Aとつるむようになり母親の支配からAに支配され暴虐の限りを尽くします
小倉は被害者少女を殴る瞬間、被害者少女が顔を歪ませるのですが、それを見て「この顔が面白いですよね」と笑いながら被害者少女をタコ殴りにしました
女性をレイプして暴力を振るい支配する
母親に虐待され支配された怒りです。本来なら母親の理不尽に対して母親と向き合おうべきなのですが、母親に向き合えず自分より立場の弱いものに自分がされた怒りをぶつけるのです
小倉がタコ殴りするべきは小倉母なのです
小倉は再犯後、生活保護を受け自炊すらせずママから毎日お弁当を作ってもらいました
自己愛性パーソナリティ障害でアダルトチルドレンの小倉は自分の犯した罪を向き合わず、5歳児のようにママに甘え続けました
結局、お前は壊れたクソガキのままここで死ぬのさ(BlackLagoon)
